■第83回「“私から、再びオレへ”の時代」

 私は言葉を使い始めてからこれまで、その時々の事情に応じ、1人称代名詞としてオレ、オラ、オイラ、ワシ、ボク、ジブン、ワタシ、ワタクシなどなどと使い分けてきたが、言葉にうるさかった妻が亡くなって自由な独居老人になった現在、わが原点に返って、「オレ」を専用することにした。

 1人称代名詞に「オレ」を専用していた小学5年のときだ。

“現人神(あらひとがみ=生き神様)”として全国民から崇拝されている天皇とは、いったい何者か。わが人生の最初にして最大の疑問に立ち向かうことになった。幼稚な考えかもしれないが、天皇が神様であるならば、悪事を仕掛け人間に対して罰(バチ)を当てる能力を持っているはずだ。オレは祖母や母が大切にしている天皇の写真を密かに持ち出し、緊張の極みに耐えて小便をぶっかけてみた。

 そして罰も何も当たらないだけでなく、天皇がただの人間以外の何ものでもないことを実感できたことは、思わぬ収穫だった。

 この経験は、その後のわが人生の重要な原点の1つとなる。


 2015年(平成27年)12月16日、死にゆく難病の妻と最良の別れを果たしたオレは、口笛を吹き鳴らして、朗らかに2016年新年を迎える筈だった。

 しかし新年早々、1月4日の深夜からオレは強烈な便秘に見舞われた。妻の葬儀から新年の来客接待にかまけて、排便をそこそこにあしらっていたからに相違ない。

生まれて初めての「居ても立ってもいられない」経験だ。肛門から指を突っ込むと、炭鉱を連想させる石炭のような塊が詰まっている。股間がはじけそうで、座りもならず立ちもならず、じっとしておれない。地団駄を踏みながら、呼び寄せたタクシーで行きつけの診療所へ駆け込む。ただちに処置室のベッドに寝かされると、女性の看護師さんにパンツをズリ下げられ、おしり丸出しに。肛門から溶剤が注入されると、ビニールシートの上に少しずつ溶け出す便をティッシュで拭き取っていくのだ。便が出尽くすのに、丸1時間もかかった。


 便秘の苦しさを叩き込まれたオレは、排便の重要さを心身に刻み込んだ。以後2度と便秘に襲われないよう、いつも体内の生理状況に耳を澄ますことに決めた。

 排便の予兆を察知したら、何をさておいてもトイレに飛び込むことだ。

 しかしオレをはじめ老人なるものは、2つのことを同時には行うことは無理かもしれない。気がつくと大慌てでトイレから飛び出し、湯が噴きこぼれるヤカンの火を止めたり、焦げつく鍋の火を消したりして危険の瀬戸際に立たされる。老人が火事で焼け死ぬ情報がニュースで良く流れるが、その原因は、同時に2つのことに手を出し、注意がおろそかになったことが原因ではないだろうか。


 ところでオレは、1992年(平成4年)から2011年(平成23年)まで約20年にわたって、自分が見た夢を記録している。

 きっかけは、オレが伊吹山の麓で、徳川家康と石田三成が対決する関ヶ原の戦いに参加している夢の記録を失ったことだ。どっち側で参加したか定かでないが、原稿用紙10枚にびっしりと記録していた覚えがあり、その消失を残念に思う気持ちが、「夢の記録」を約20年続けさせたらしい。

 夢を見たらパッと目を覚まし、記憶が消えないうちに書き留めるのだ。ある意味では難行苦行の結果だ。オレしか解読できないよう下手な文字で殴り書きしてある。

 何かの資料になるのではないか。


 2月23日、誰にでも読めるように、ワープロを使って「夢の記録」の活字化を鋭意開始する。オレも今や、先が短いのだ。


記録No.1の夢は、1992年12月5日起床直前の8時半ごろに見た夢。

 ロケに来ているらしく、大勢の人に囲まれているとき、高貴の女性に小刀を突きつけられ、首の付け根を刺された。2・26事件が背景にあるらしい。誰も見ているだけで助けに来てくれない。気が遠くなっていく。死ぬなと思ったとき、格好良く死ぬため、見物人の2人に手を振る。2人も手を振った感じ。やればやれるものだと思ったとき、気の落ち込む感覚だ止まっていて、命を取り止めたと思う・・・・(いろいろあって)・・・・振りかえると屋根裏に4匹の透きとおったネズミが出てきて首の付け根に落ちる。困って手で掴むとハツカネズミが噛みついている。首の付け根がモゾモゾする。脱落感。今度はダメかと・・・・目覚める。


記録No.67(記録の最後)2011年3月30日8時30分に目覚めた夢。

 何かに抗議している。誰かを倒そうとしていると、フトンを掴んで叩きつけていたことを夢の中で気づく。

 広場を横切っていると後ろから戦車に押され、前から乗用車に挟まれ、乗用車に押し込められる。誰も来ない。「逮捕の理由を言え!」と叫んでいると、若い米兵がマイクを突きつける。後方に米軍の将校らしき姿が立っている。オレは米兵のマイクを取り上げると怒鳴る。

「名古屋の連中も、愛知県の連中もよっく聞け。オレは有名な辻光明だぞ!」

フトンを並べて寐ている妻に「何を騒いでいるの」と揺り動かされて・・・・目覚める。

 No.67のとんでもない夢は、われながら大ビックリ。これが原因かどうかは不明だが、夢の記録は3月30日で途絶える。

因みに2011年3月11日には「東日本大震災」が発生している。頑強なオレの内面も、想定外の大震災にまだ動揺していたのかもしれない。


 さてオレの体は、昨年7月に腰部脊柱管狭窄症を患って以来、体全体がは不安定化し、足の運びはぎこちなくなった。歩くときは両腕を拡げ、弥次郎兵衛の要領で体全体のバランスを取り、足の運びは小股でユックリズム。走れば転ぶので、絶対に慌てない。後ろから呼び止められれば、必ず止まって体ごと振り返ることにしている。

 このように行為行動が限定的になると、生活空間を狭くせざるを得なくなった。半径400メートル以内の地域で暮らしが成り立つようにまとめた。スーパー、整骨院、郵便局、花屋(亡妻に供える花の調達)、山陰線花園駅、喫茶店などなど、1日の暮らしが成り立つものがなんとか揃っている。


 3月の半ばごろから、朝食を終えると整骨院で体をもみほぐし、スーパーで買い物し、喫茶店で飛び交う女性客の会話を楽しむのが日課になった

 この平和。戦争好きの安部ちゃん政権のもとで、いつまで続くやら。

(2016年3月記)

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